DTMでミキシングを行っていると、センド(Send)エフェクトの設定画面やミキサーのチャンネルストリップで「プリフェーダー(Pre-Fader)」や「ポストフェーダー(Post-Fader)」という言葉を目にすることがあります。
「なんとなくデフォルトのまま触っていない」「違いがよく分からず適当に選んでいる」という方も多いのではないでしょうか。
しかし、プリフェーダーとポストフェーダーの信号の流れ(シグナルフロー)を正しく理解していないと、「トラックのボリュームを下げたのにリバーブの音だけが鳴り続ける」「ボーカルのバランスを変えたら空間の広がりが崩れてしまった」といったミキシングのトラブルに直面することになります。
この記事では、DTM初心者からステップアップを目指す方に向けて、プリフェーダーとポストフェーダーの基本的な仕組みの違いから、それぞれのメリット・デメリット、具体的なシチュエーションに応じた使い分けの実践テクニックまで、わかりやすく解説します。
プリフェーダーとポストフェーダーの根本的な違いとは?

「プリ(Pre)」は「〜の前」、「ポスト(Post)」は「〜の後」を意味する英語の接頭辞です。
ミキサーにおけるフェーダーとは、各トラックの最終的な音量を調整する縦型のスライダー(ボリュームフェーダー)を指します。
つまり、プリフェーダーとポストフェーダーの違いは、「フェーダーを通る前(手前)の音を送るか、フェーダーを通った後(通過後)の音を送るか」という信号分岐ポイントの違いに集約されます。
信号の流れ(シグナルフロー)を比較する
DAWのチャンネルストリップ内を音声信号がどのように流れているかを図式化してイメージしてみましょう。
- ポストフェーダーの流れ:音声データ → インサートエフェクト(EQやコンプなど) → ボリュームフェーダー → センド出力(FXチャンネルへ)
- プリフェーダーの流れ:音声データ → インサートエフェクト(EQやコンプなど) → センド出力(FXチャンネルへ) → ボリュームフェーダー
このように、ポストフェーダーでは音量がフェーダーでコントロールされた後の信号がセンド先に送られます。
一方、プリフェーダーではボリュームフェーダーで音量を上げ下げする手前の信号が直接センド先に送られます。
この「フェーダーの音量変化に連動するかしないか」が、実作業において決定的な違いを生み出します。
ポストフェーダー(Post-Fader)の特徴と役割
多くのDAWでは、センドの初期設定(デフォルト)が「ポストフェーダー」になっています。
これは、音楽制作のミキシングにおいて最も自然かつ頻繁に使われる設定だからです。
フェーダー操作にエフェクト量が連動する
ポストフェーダーの最大の特徴は、トラックのボリュームフェーダーを上下させると、それに比例してセンド先に送られる信号の量も変化する点です。
例えば、ボーカルトラックからリバーブのAUXトラックへポストフェーダーで信号を送っているとします。
全体のバランスを取るためにボーカルフェーダーを3dB下げた場合、リバーブへ送られる信号も自動的に3dB下がります。
その結果、原音(ドライ音)とリバーブ音(ウェット音)の比率が保たれ、意図した空間の奥行きや残響の質感が崩れません。
もしフェーダーを完全にゼロ(-∞dB)まで下げてミュート状態にすれば、センド先への音も完全に止まります。
原音を消したのにエフェクト音だけが残ってしまうという現象が起きないため、直感的で扱いやすいのがメリットです。
ポストフェーダーが適している用途
通常のミックスダウンで行う空間系エフェクト処理のほとんどは、ポストフェーダーで行います。
- リバーブやディレイの空間系センド:楽曲全体の一体感を保ちながら、楽器の前後感をフェーダー操作に合わせて均等に保ちたい場合。
- コーラスやダブラーなどのモジュレーション系:トラックの主音量に合わせて装飾効果の強さを一定に維持したい場合。
- グループバスへのルーティング:楽器群のバランスを保ったままサブミックスへ送りたい場合。
プリフェーダー(Pre-Fader)の特徴と役割
プリフェーダーは、ボリュームフェーダーの操作にまったく影響を受けないセンド設定です。
トラックのフェーダーをどれだけ上げ下げしても、極端に言えばフェーダーを一番下まで下げてトラックの音を消しても、センド先には元の音量レベルのまま信号が送り続けられます。
「トラックのフェーダーから独立した別系統の出力を作れる」という性質が、レコーディングや高度なミキシング手法において極めて重要な役割を果たします。
プリフェーダーが適している用途
プリフェーダーは、日常的な空間系の調整以外で明確な目的がある際に真価を発揮します。
代表的な活用例を4つ紹介します。
1. レコーディング時のキューミックス(モニター用音声)
プリフェーダーの代表的な用途が、ボーカリストや演奏者のヘッドフォンに送る「キューミックス(モニターミックス)」の作成です。
レコーディング中、エンジニアはコントロールルームでスピーカーの音量バランスを整えたり、個別のトラックをソロで確認したりします。
このとき、もしモニター送りがポストフェーダーになっていると、エンジニアが手元のフェーダーを動かすたびに演奏者のヘッドフォン内のバランスまで変わってしまい、演奏に大きな支障をきたします。
キュー用のセンドをプリフェーダーに設定しておけば、コントロールルームでどれだけフェーダーを動かしても、演奏者のヘッドフォンには常に一定のバランスで音が届けられます。
2. サイドチェインコンプレッサーのトリガー信号
EDMやポップスで定番の「キックが鳴った瞬間にベースの音量を下げる」ダッキング処理(サイドチェインコンプ)でも、プリフェーダーが活躍します。

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もしキックのセンドがポストフェーダーになっていると、ミックス終盤でキックのフェーダー音量を微調整した際、サイドチェインのかかり具合(リダクション量)まで変化してしまいます。
トリガー信号をプリフェーダーで送る、あるいはトリガー専用の無音トラック(ダミートラック)からプリフェーダーで信号を送ることで、本線の音量調整に左右されない安定したダッキング効果を作ることができます。
3. 完全なウェット音(エフェクト音のみ)の演出
楽曲のイントロやブレイクなどで、「リバーブの残響音だけを鳴らしたい」「遠くで鳴っているような幻想的な空間音を作りたい」という演出を行いたいケースがあります。
ポストフェーダーの場合、トラックフェーダーを下げるとリバーブ音まで消えてしまうため、このような表現はできません。
しかしプリフェーダーであれば、原音トラックのフェーダーを一番下まで下げてもリバーブトラックには信号が届き続けるため、100%ウェットの残響音のみを簡単にミックスへ組み込むことができます。
4. パラレルプロセッシング(並列処理)の独立制御
ドラムトラックなどに強烈なコンプレッションをかけて原音と混ぜ合わせる「パラレルコンプレッション(ニューヨークコンプ)」を行う際、プリフェーダーを用いる手法があります。
原音のフェーダーバランスと、コンプ専用バスへの送り量を完全に切り離して管理したい場合に有効です。
プリフェーダーとポストフェーダーの比較表
2つの設定の違いを一目で確認できるよう、主要な項目を表にまとめました。
| 比較項目 | ポストフェーダー(Post-Fader) | プリフェーダー(Pre-Fader) |
|---|---|---|
| 信号の取り出し位置 | ボリュームフェーダーを通過した後 | ボリュームフェーダーの手前 |
| フェーダー操作の影響 | 直接受ける(音量に連動する) | 受けない(完全に独立している) |
| トラック無音時の挙動 | センド先への音も完全に止まる | フェーダーを下げてもセンド先は鳴り続ける |
| 主な使用用途 | リバーブ、ディレイ、通常のエフェクト | キューモニター、サイドチェイン、特殊演出 |
| DAWの標準設定 | 多くのDAWで初期設定 | 手動で切り替えることが多い |
現場で役立つセンド設定の使い分けテクニック
基本原理を理解したところで、実際の楽曲制作で迷いやすい具体的なシチュエーションと使い分けの基準を解説します。
リバーブやディレイは基本的に「ポスト」を選ぶ
空間系エフェクトに関しては、特別な演出意図がない限り「ポストフェーダー」を選択するのが鉄則です。
空間系エフェクトは、原音との対比によって「部屋の広さ」や「音源との距離感」を表現します。
ポストフェーダーを使うことで、トラックの音量をフェーダーで微調整した際にも自然な遠近感が維持されます。
「音が消えない」トラブルはプリフェーダーを疑う
制作中、「トラックのフェーダーを最小にしたのに、なぜか音がどこかから微かに聞こえる」というトラブルが起きることがあります。
この原因の多くは、センドが誤って「プリフェーダー」に設定されていることです。
プリフェーダーになっていると、トラック自体が無音になってもAUXチャンネルのリバーブやディレイが原音を拾い続けてしまいます。
意図しない挙動だと感じたときは、センドスロットの設定アイコンを確認してみましょう。
プリパン(Pre-Pan)とポストパン(Post-Pan)の存在
DAWによっては、プリ/ポストの選択に「フェーダー」だけでなく「パン(定位)」が絡む設定項目が存在します。
- ポストパン:トラックのパンニング位置に連動してセンド先の左右位置も決まる。
- プリパン:トラックのパンを左右に振っても、センド先にはセンター(あるいはセンド独自のパン設定)で送られる。
例えば、ギターを左いっぱいにパンニングしている場合、ポストパンのリバーブであれば左側から自然に広がる残響が得られます。
一方、楽器は左に置きつつ、リバーブ成分はステレオ全体に均等に広げたい場合は、プリパンやセンド独自のパンリンク設定を活用すると効果的です。
主要DAWにおけるプリ/ポストの切り替え確認
多くの主要DAWでは、センドスロット周辺の右クリックメニューや小さなアイコンで簡単に切り替えが可能です。
- Logic Pro:センドスロットをクリックし、「ポストフェーダー」「プリフェーダー」「ポストパン」のメニューから選択します。
- Cubase:MixConsoleのセンドラック内で、センドスライダーの左上にある小さなアイコン(プリ/ポスト切り替えボタン)をクリックして色を切り替えます(青や緑に点灯)。
- Studio One:チャンネルストリップのセンド項目にあるピンアイコンやスイッチをクリックすることで、プリ/ポストを切り替えます。
- Ableton Live:デフォルトのリターンセンドはポストフェーダーですが、マスタトラック周辺またはトラック設定からルーティングのプリ/ポストを切り替えられます。
お使いのDAWでセンドスロットを注意深く見てみると、ポストフェーダー時はスライダーのバーが右側に伸びる、プリフェーダー時は色が変わるなど、視覚的に判別できるようデザインされています。
まとめ
プリフェーダーとポストフェーダーの違いは、「ボリュームフェーダーを通る前の音を送るか、通った後の音を送るか」という極めてシンプルなものです。
- ポストフェーダー:フェーダー音量に連動するため、通常の空間系エフェクト(リバーブ・ディレイ)に最適。
- プリフェーダー:フェーダー音量から独立するため、レコーディング時のモニター返し、サイドチェインのトリガー、特殊な音響演出に最適。
基本はポストフェーダーを使用し、「フェーダーの動きに干渉されたくない信号を作りたい」という明確な目的がある場合にプリフェーダーへ切り替える、と覚えておけば迷うことはありません。
シグナルフローの仕組みをしっかり理解してセンドを自在に使い分けられるようになると、ミキシングの作業効率と音作りの柔軟性が格段に向上します。
ぜひ普段のプロジェクトでも設定を意識して試してみてください。