近年、モダンなベースプレイヤーやメタル、テクニカルなジャンルを中心に絶大な人気を集めているのが「ファンフレット(マルチスケール)ベース」です。
扇状(ファン)に広がった特徴的なフレット配置は、一見すると演奏が難しそうに思えるかもしれません。
しかし、そのデザインには緻密な音響工学と人間工学に基づいた数多くのメリットが存在します。
「低音弦の音がボヤけてしまう」「ダウンチューニングで弦がダルダルになる」「手首や指に負担がかかる」といったベース特有の悩みを解決する画期的な構造として、プロ・アマ問わず導入するベーシストが増えています。
本記事では、ファンフレットベースの基本構造から具体的なメリット・デメリット、後悔しない選び方までを徹底解説します。購入を検討している方や、従来のベースに限界を感じている方はぜひ参考にしてください。
ファンフレット(マルチスケール)ベースとは?基本構造と仕組み
ファンフレットベースを理解するためには、まずその基本構造と、なぜフレットが斜めに打たれているのかを知ることが重要です。
ファンフレットとマルチスケールの違い
結論から言うと、「ファンフレット」と「マルチスケール」は基本的に同じ仕組みを指す言葉です。
「マルチスケール」は、1本の楽器の中で複数のスケール(弦長)を採用している構造そのものを指します。
一方で「ファンフレット(Fanned Frets)」は、その結果としてフレットが扇(ファン)のように広がって見える形状に由来する名称です。
なお、「Fanned Frets」はNovax Guitars社の商標でもあるため、他ブランドでは「マルチスケール」という表記が一般的に使われています。
各弦でスケール(弦長)が異なる理由
従来のストレートフレット(シングルスケール)のベースでは、4弦(あるいは5弦)も1弦も同じ弦長(一般的なロングスケールで34インチ)に設定されています。
しかし、物理学の原理として「太く低い音を出す弦ほど、長く張った方が適度なテンション感(張り)が得られ、伸びやかな高音(倍音)が含まれた綺麗な音になる」という特徴があります。
ピアノの内部を思い出してください。
低音側の弦は非常に長く、高音側の弦は短く設計されています。
ファンフレットベースは、このピアノと同じ合理的な構造をエレキベースに応用したものです。
一般的な5弦ファンフレットベースの場合、B弦(最低音弦)は37インチや35.5インチといった長めに設定され、G弦(最高音弦)は34インチや33.5インチといった短めに設定されます。
これにより、全弦で理想的な張り感と音響特性を実現しています。
ファンフレットベースの主なメリット
ファンフレットベースが多くのベーシストに選ばれる理由は、単なる見た目のインパクトだけではありません。
音質面と演奏面において、従来のベースにはない大きなメリットが存在します。
低音弦のテンション感向上とクリアな発音
最大のメリットは、B弦(5弦)やE弦(4弦)などの低音弦において、圧倒的に輪郭のあるクリアな低音が得られる点です。
従来の34インチスケールの5弦ベースでは、Low-B(最低音のシ)の音がボヤけたり、ピッチが不安定になりがちでした。
ファンフレットによって低音弦のスケールを35.5〜37インチまで伸ばすことで、弦に適度なテンション(張り)が生まれ、輪郭がはっきりとしたタイトな低音を鳴らすことが可能になります。
音の立ち上がり(アタック感)も速くなるため、バンドアンサンブルの中で埋もれないベースラインを作ることができます。
正確なピッチ(音程)感と美しい倍音
弦の張力が適正化されることで、音程(ピッチ)の安定性が大幅に向上します。
太い弦を強い力でピッキングした際、一時的に音程が上ずってしまう「ピッチベンド現象」が起きにくくなります。
また、各弦の倍音バランスが整うため、和音(コード)を弾いた際にも濁りが少なく、美しく響き渡るサウンドが得られます。
レコーディングやDTMでの打ち込み音源と合わせる際にも、ピッチの補正がほとんど不要になるほどの安定感を発揮します。
人間工学に基づいた手首・指への負担軽減
斜めに配置されたフレットは一見弾きづらそうに見えますが、実際には人間の体の構造に非常に適しています。
腕を前方に伸ばして手を開いたとき、指先は自然と扇状に広がります。ローポジション(ヘッド寄り)では手が外側に傾き、ハイポジション(ボディ寄り)では内側に傾きます。
ファンフレットの傾きはこの手首と指の自然な角度に沿って設計されているため、手首を無理にひねる必要がありません。
長時間の演奏や長時間のライブでも、フォームの疲労や手首の痛みを軽減してくれます。
ダウンチューニングや多弦ベースとの抜群の相性
ドロップDやドロップA、さらに低いチューニングを多用するモダンロックやジェント(Djent)、メタルコアなどのジャンルにおいて、ファンフレットは事実上の標準スペックとなりつつあります。
通常のベースでダウンチューニングを行うと、弦の張力が低下してビビリが発生したり、音が死んでしまったりします。
しかし、もともと弦長が長いファンフレットであれば、太いゲージの弦を使わなくてもテンションを維持できるため、過度なダウンチューニングでもへたらず、攻撃的でクリアな低音をキープできます。
ファンフレットベースのデメリット・注意点
多くの魅力を備えるファンフレットベースですが、購入前に知っておくべきデメリットや注意点も存在します。
慣れるまでの違和感と視覚的ギャップ
人間工学に基づいているとはいえ、長年ストレートフレットに慣れ親しんだプレーヤーの場合、最初は視覚的な違和感を覚えることがあります。
特にローポジションでのコードフォームや、手元を見ずに大きなポジション移動(スライドやジャンプ)を行う際に、フレットの位置を錯覚してしまうことがあります。
ただし、多くのプレーヤーは「手元を見ずに触覚に任せて弾くと、数時間〜数日で自然に慣れる」と感じています。
交換弦の選択肢が限られる
ファンフレットベース、特に低音弦が37インチなどのスーパーロングスケール仕様のモデルでは、使用できる交換弦が限られます。
通常のロングスケール用の弦を購入してしまうと、低音弦の巻きがナットに届かなかったり、ペグに巻く部分の太さが合わなかったりするトラブルが発生します。
ダダリオ(D’Addario)やDingwall純正弦、Dingwall対応を明記しているメーカーの「スーパーロングスケール(Extra Long Scale)」弦を選ぶ必要があります。
地方の楽器店では店頭在庫がない場合もあるため、オンラインでの確保が基本となります。
導入コスト(価格帯)が比較的高い
ファンフレットベースは特殊な製造工程や専用のハードウェア(独立型ブリッジや専用ピックアップ)を必要とするため、一般的なエントリーモデルのベースに比べると価格設定が高めです。
近年では10万円前後で購入できるコスパの良いモデルも増えてきましたが、本格的なプロ仕様のモデルになると20万〜40万円以上となることが多いため、予算に応じた慎重な検討が必要です。
ファンフレットベースの失敗しない選び方
自分に最適なファンフレットベースを見つけるために、チェックすべきポイントを解説します。
1. 弦数(4弦・5弦・6弦)で選ぶ
ファンフレットの恩恵を最も強く実感できるのは「5弦ベース」および「6弦ベース」です。
- 4弦モデル:手の小さい方や、ローポジションからハイポジションまでスムーズに動き回りたいテクニカル志向のベーシストにおすすめ。
- 5弦モデル:ファンフレットの標準形。Low-B弦の圧倒的な重低音とピッチ感を獲得できるため、最も人気があります。
- 6弦モデル:高音弦(C弦)のテンションが高くなりすぎず、低音弦(B弦)は深く響くため、ソロベースやフュージョン、メタルなどで真価を発揮します。
2. スケール幅(弦長の差)を確認する
モデルによって、低音弦と高音弦のスケール差(傾きの強さ)が異なります。
- 37インチ〜34インチ(例:Dingwallなど):低音弦の長さが最大級で、最も強烈なLow-Bサウンドが得られます。重低音重視・ダウンチューニング派に最適です。
- 35.5インチ〜34インチ(例:Ibanez EHBシリーズなど):従来のベースからの持ち替えが非常にスムーズな、マイルドな傾きです。扱いやすさを重視する方に向いています。
3. ピックアップとエレクトロニクス(アクティブ/パッシブ)
ファンフレットベースの多くは、弦の斜め配置に合わせてピックアップも斜めに設置されています。
モダンな楽曲に対応するため、強力なプリアンプを搭載した「アクティブ仕様」のモデルが主流です。
イコライザー(EQ)の効きや、パッシブへの切り替えスイッチの有無などを確認しておくと、サウンドメイクの幅が広がります。
代表的なおすすめブランド・メーカー
ファンフレットベースを選ぶ際は、スケール設計だけでなく、ネック形状やピックアップ、ブリッジなども含めてメーカーごとの特徴を比較することが大切です。
ここでは、ファンフレットやマルチスケールベースで知られている代表的なブランドを紹介します。
Dingwall
ファンフレットベースを語るうえで外せないブランドの一つが「Dingwall」です。
特に37インチ〜34インチといった大きなスケール差を採用したモデルが有名で、Low-Bをはじめとする低音弦のタイトなレスポンスを重視した設計が特徴です。
モダンメタルやプログレッシブ、ジェントなど、低音の明瞭さが重要になるジャンルとの相性が良く、ファンフレットベースの代表的な存在として知られています。
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Ibanez
Ibanezでは、EHBシリーズなどを中心にマルチスケールを採用したモデルが展開されています。
Dingwallほど極端なスケール差ではないモデルもあり、一般的なベースからマルチスケールへ移行したいプレーヤーにとって比較しやすい選択肢です。
薄めのネックやモダンなボディ形状など、Ibanezらしい演奏性を重視した設計も魅力です。
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ファンフレットベースはどんな人に向いている?
ファンフレットベースは、すべてのベーシストに必須というわけではありません。
一方で、以下のようなプレーヤーには大きなメリットがあります。
低音を多用するベーシスト
5弦ベースや6弦ベースでLow-B以下の音域を頻繁に使用する場合、マルチスケールのメリットを感じやすくなります。
特に低音弦の輪郭やアタック感を重視する場合は、長めのスケールを採用したモデルが有力な選択肢になります。
ダウンチューニングを多用する人
ドロップDやドロップC、さらに低いチューニングを使う場合、弦のテンション不足は大きな問題になります。
ファンフレットベースなら低音弦のスケールを長くできるため、ダウンチューニング時にも適度な張りを確保しやすくなります。
5弦・6弦ベースを使いたい人
弦数が増えるほど、低音弦と高音弦のバランスを取ることが難しくなります。
マルチスケールは、この問題に対する一つの合理的なアプローチです。
低音側には長いスケール、高音側には比較的短いスケールを設定することで、それぞれの弦に適したテンション感を狙えます。
モダンなサウンドを求める人
タイトでレスポンスの速い低音や、音程感の明瞭なサウンドを求めるプレーヤーにも適しています。
メタル、ジェント、プログレッシブ、ファンク、フュージョンなど、低音の存在感と細かなフレーズの明瞭さが求められるジャンルで活躍します。
ファンフレットベースは初心者でも使える?
「フレットが斜めになっているから初心者には難しいのでは?」と考える人も多いでしょう。
しかし、ファンフレットだからといって、特別な演奏技術が必要になるわけではありません。
基本的な左手の運指や右手のピッキング方法は、一般的なベースと同じです。
最初に違和感を覚える可能性があるのは、フレットの見た目とポジション移動です。
特にチューナーを使わずに目視だけでポジションを判断していた人は、最初のうちは戸惑うことがあります。
ただし、実際の演奏ではフレットそのものを見るよりも、指先の感覚やポジション感覚を頼りに演奏することが多いため、練習を重ねることで自然に適応できます。
初心者の場合は、極端にスケール差が大きいモデルよりも、比較的緩やかなマルチスケールから始める方法もあります。
ファンフレットベースの弦交換で注意するポイント
ファンフレットベースを購入したら、交換弦についても確認しておきましょう。
通常のベースとは異なり、モデルによって必要な弦の長さが大きく異なる場合があります。
特に37インチクラスのスケールを採用しているモデルでは、一般的なロングスケール用の弦では対応できないケースがあります。
弦を購入するときは、単純に「5弦ベース用」と書かれているかだけではなく、
- 対応スケール
- ボールエンドから巻弦部分までの長さ
- メーカーが指定する対応モデル
- Low-Bなど低音弦の対応サイズ
を確認しましょう。
また、弦ゲージについても重要です。
「低音だから太ければ良い」というわけではなく、自分のチューニングと好みのテンション感に合わせて選ぶことが大切です。
ファンフレットベースと通常のベース、どちらを選ぶ?
ファンフレットと通常のストレートフレットには、それぞれ異なるメリットがあります。
| 比較項目 | ファンフレット・マルチスケール | 通常のベース |
|---|---|---|
| 低音弦のテンション | 確保しやすい | 標準的 |
| Low-Bの明瞭さ | 長いスケールなら有利 | 弦・楽器によって変わる |
| ダウンチューニング | 相性が良い | 弦選びが重要 |
| フレットの見た目 | 独特 | 一般的 |
| 持ち替えのしやすさ | 慣れが必要な場合あり | 慣れている人が多い |
| 弦の選択肢 | モデルによって限定される | 比較的豊富 |
| 多弦ベースとの相性 | 非常に良い | モデルによる |
| 価格 | 高めのモデルも多い | 幅広い |
重要なのは、ファンフレットが「通常のベースより必ず優れている」ということではありません。
使用するチューニング、弦数、演奏スタイル、求めるサウンドによって適した設計は変わります。
ファンフレットベースを試奏するときのチェックポイント
購入前には、可能であれば必ず実際に試奏してみましょう。
ローポジションの感覚
まず1〜5フレット付近を弾き、通常のベースと比べて違和感がないか確認します。
特に1〜3フレット付近ではフレットの角度が大きく見えるため、左手のフォームを確認しておくと安心です。
ハイポジションの弾きやすさ
次に12フレット以上のハイポジションを確認します。
スケールが短くなる高音側では、指の開き方が変化するため、自分の手に合っているかをチェックしましょう。
ポジション移動
手元を見ずに、5フレットから12フレット、12フレットから17フレットなどへ移動してみます。
実際のライブやレコーディングでは、目視せずにポジション移動する場面も多いため、この感覚は重要です。
座って弾いたときのバランス
立って弾いたときだけでなく、座って弾いたときのネックの位置も確認しましょう。
ボディ形状やストラップピンの位置によって、同じマルチスケールでも弾き心地は大きく変わります。
ファンフレットベースは「低音をコントロールしたい人」に強い
ファンフレットベース最大の特徴は、単にフレットが斜めになっていることではありません。
重要なのは、弦ごとに異なるスケールを設定することで、それぞれの音域に適したテンションとレスポンスを狙えることです。
特に5弦・6弦ベースやダウンチューニングでは、そのメリットを実感しやすくなります。
一方で、通常のベースに慣れている場合はフレットの角度に慣れる必要があり、モデルによっては交換弦の選択肢も限られます。
そのため、
「ファンフレットだから買う」のではなく、「自分の演奏スタイルにマルチスケールが必要か」を考えること
が重要です。
まとめ|ファンフレットベースは現代的な低音表現に適した選択肢
ファンフレット(マルチスケール)ベースは、低音弦を長く、高音弦を比較的短くすることで、各弦のテンションやレスポンスをバランス良く設計したベースです。
特に、
- 5弦・6弦ベースを使用する
- Low-Bなどの低音を多用する
- ドロップチューニングを使う
- タイトでクリアな低音が欲しい
- モダンメタルやプログレッシブ系を演奏する
- 多弦ベースでも各弦のテンションを整えたい
というベーシストにとって、検討する価値のある構造です。
一方で、フレットの角度への慣れや交換弦の選択、価格などには注意が必要です。
ファンフレットベースを選ぶ際は、単純に「何インチのスケールなのか」だけを見るのではなく、弦数・スケール差・ネック形状・弦間ピッチ・ピックアップ・チューニング・演奏ジャンルまで含めて選ぶと、自分に合った1本を見つけやすくなります。
従来のベースでは低音のテンションや音の輪郭に不満があるという方は、一度マルチスケールベースを試奏してみると、その違いを体感できるでしょう。
